PISA2025の結果を受けて激震走る,ドイツから考えるこれからの基礎教育の形

15歳の時点での、科学、読解力、数学力を国際的に図るテストPISAの結果を受けてドイツでは激震が走っています。2025年の結果は今までの中でも最低水準にまで落ち込みました。

PISAは基礎学力を図るテストであり、その後にイノベーション力がどの程度伸びるのかとか、国力にどの程度反映しているか必ずしも直接的な関係があるとは言えないですが、15歳の時にどの程度の基礎学力があるかは、社会全体の常識レベルとか、知的レベル、(もしかすると治安にも?!)には影響を与えているでしょう。日本の場合、結果を見ると上下に散らばりがあるというよりは、中間層が厚い、ということがわかっており、これが日本社会が、上にいる人を伸ばすより、下の人を支えて上にあげるということに重きを置いて、落ちこぼれを少なくし、社会全体に差がないことをよしとするというのを表していると思います。

日本の場合はここ20年ほど、ずっと安定しているように見えますが、OECDの国の得点自体が下がっているので相対的に見て、上位にいるというのが実情のよう。その中でもドイツの落ち込みがひどいです。ドイツでは科学の授業といっても、基礎知識を詰め込むというより、実際手を使って行う実験だったり、体験だったり考察をする時間が増えているために、基本的な知識を学校で習う時間が減っているということもあるようです。読解力とか、計算力とか、文章を書くことそのものも、AIがやってくれるそうなものは、そもそも人がやらなくなると、基礎学力、思考力などが低下してくるのは頷けます。授業でも、会社でも手書きで書くよりコンピュータ入力が一般的に普及していますが、(自分は手書きのほうが、記憶に残るような気がするのと、立体的に考えられる気がする、何の繋がりのない、点と点を結びつけるストーリを思いつきやすい、ということで手書きが好きです)でもだからこそ、基礎を固めることの意味、というのがどこの国も課題になっているのかもしれません。基礎がなければ、将来のイノベーションを生み出すような革新的な何かを作れないけど、基礎があればそれを作れるとは限らない。読解力がなければ、相手のことを理解することも難しくなるし、高等数学の問題も解けません。結局、世界中の人の基礎力が上がることで互いを理解できるような知識レベルが身についたり、言語を超えたコミュニケーションをとることができたり、ということにつながるように思います。  

ドイツ人の読解力が低下しているのは、実は移民の受け入れをたくさんしていることも起因しているようです。ドイツ語が母国語じゃない人たちが増えているため、文章を読み込む力が15歳の段階でできていない。この問題は年齢を重ねれば通常はある程度良くなるはずなのに、近年はAIやコンピューターを使う時間が増えるほど、自分の言語能力を上げる必要もなくなってくるというさらなる悪循環に陥っている可能性があります。学校での制度を変えることだけでは対応できなくなっている、という声がドイツの教育現場からも聞こえます。この問題、今、ちょうどどこ国の教育も過渡期にあるようです。

2025 PISA, 日本の15歳の学力

参考記事


コメント

コメントを残す